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自然 自然保護 雑感 2  (溪落)

 私は自然から物質的なものや物理的なものを期待すべきでないと思う、「自然は人間の感性を育むものとして存在する」ものであって、人間に与えてくれる多くの恵みは副次的なものと思う。
 これらの自然保護を考えたとき 人間は進歩すべきものとしての象徴「快適 便利な生活」の呪縛から開放されるときが真の自然保護が成されるものと思う。
 それは我々社会から自然保護という言葉が消えうせた時に、初めて自然が自然として存在して自然が輝く時である。(それはその時の人々が自然が輝いていること事態に関心も意識もないだろう)
 自然を知らない人が自然を弄んでいるような今の状況は、敗戦後の一時期左翼思想をファッションとして弄んだエセ文化人のようなものである。これらの人達の発言は長期一貫性がなく、その時の一般大衆には受け入れやすいということである。
 我々会員はもっと真剣に自然や自然の保護について考えなければならない。又、一般社会の多くの人々にもそうあって欲しいと思う。所謂原生的な自然にふれる機会のない多くの人々に、原生的自然についてトヤカク言っても無駄であるともいうが、しかし、我々人間は身近にある人工的な自然からでも原生的な自然を想像はできる。
 思考が経験を超えることができるのは人間に与えられた特権でもある。 自然環境の変化を時代の流れと認知してはならない。時代の流れは認識しなければならないが、容認、認知はすべきではない。容認、認知の思考からの発展はまず有り得ない。

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